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いくつかの詩

更新: 2023年03月03日 10:13

宿題

目をつぶっていると
神様が見えた

うす目をあいたら
神様はみえなくなった

はっきりと目をあいて
神様は見えるか見えないか
それが宿題

谷川俊太郎(詩集「二十億光年の孤独」から)

遠い国

ぼくの苦しみは
単純なものだ
遠い国からきた動物を飼うように
べつに工夫がいるわけじゃない

ぼくの詩は
単純なものだ
遠い国からきた手紙を読むように
べつに涙がいるわけじゃない

ぼくの歓びや悲しみは
もっと単純なものだ
遠い国からきた人を殺すように
べつに言葉がいるわけじゃない

田村隆一郎(詩集「四千の日と夜」から)

出発

どこか遠くの方から見ていたい
感動している自分を
感動して我を忘れてとんでゆく自分を
どこか遠くの方から見ていたい

息を切らしてしまってはいけない
よそ見をしてはいけない
心ひそかにそう念じながら
どこか遠くの方から見ていたい

あおいじつにあおい
その遠くの空の彼方へ
今はそれだけが私の仕事だ
荒々しく私は私を投げつける
紋白蝶のようにかるがると行ってしまうようにと
眼をとじながら私は私を投げつける
足元に落ちて高雅な陶器のように砕けないようにと

黒田三郎(詩集「失われた墓碑銘」から)

小さなマリ

(1は省略)

2.夢
おまえは小さな手で
ぼくのものでない夢を
たえずぼくの心のなかに組みたてる
これはお山 これは川
それから指で大きな輪をえがいて
ここには海があるの
これはお家 これはお庭 これは樹
ここには犬がつないであるの
そうしておまえは自分のまわりに
ひとつずつ自然を呼びよせて
ぼくと一緒に住もうというのだ
あどけないマリの夢よ
おまえの世界には
沈黙に聴きいる石もなければ
歌わぬ梢
物言わぬ空というものがない
これはお茶碗 これはお皿
大きいフライパンをあやつる小さいマリは
ぼくと一緒に暮らそうという

3.歌
小さいマリよ
どんなに悲しいことがあっても
ぼくたちの物語を
はじめからやり直し
なんべんもなんべんもやり直して
気むずかしい人たちに聞かせてあげよう
小さいマリよ
さあキスしよう
おまえを高く抱きあげて
どんな恋人たちよりも甘いキスをしよう
まあお髭がいたいわと
おまえが言い
そんならもっと痛くしてやろうと
ぼくが言って
ふたりの運命を
始めからやり直せばいいのだよ

さあゆこう
小さいマリよ
おまえと歩むこの道は
とおくまで草木や花のやさしい言葉で
ぼくたちに語りかけてくるよ
どんなに暗い日がやってきても
太陽の涙から生まれてきたぼくたちの
どこまでもつづく愛の歌で
この道を歩いてゆこう
小さいマリよ
さあ歌ってゆこう
よく舌のまわらぬおまえの節廻しにあわせて
大きな声でうたうぼくたちの歌に
みんなじっと耳をすましているのだから
ずっと空に近い野原の
高い梢で一緒に歌っている人たちが
心から喜んでくれるから
さあ歌ってゆこう
小さいマリよ

鮎川 信夫(『続・鮎川 信夫詩集』から)

The Tuft of Flowers

I went to turn the grass once after one
Who mowed it in the dew before the sun.

The dew was gone that made his blade so keen
Before I came to view the levelled scene.

I looked for him behind an isle of trees;
I listened for his whetstone on the breeze.

But he had gone his way, the grass all mown,
And I must be, as he had been,—alone,

‘As all must be,’ I said within my heart,
‘Whether they work together or apart.’

But as I said it, swift there passed me by
On noiseless wing a ‘wildered butterfly,

Seeking with memories grown dim o’er night
Some resting flower of yesterday’s delight.

And once I marked his flight go round and round,
As where some flower lay withering on the ground.

And then he flew as far as eye could see,
And then on tremulous wing came back to me.

I thought of questions that have no reply,
And would have turned to toss the grass to dry;

But he turned first, and led my eye to look
At a tall tuft of flowers beside a brook,

A leaping tongue of bloom the scythe had spared
Beside a reedy brook the scythe had bared.

I left my place to know them by their name,
Finding them butterfly weed when I came.

The mower in the dew had loved them thus,
By leaving them to flourish, not for us,

Nor yet to draw one thought of ours to him.
But from sheer morning gladness at the brim.

The butterfly and I had lit upon,
Nevertheless, a message from the dawn,

That made me hear the wakening birds around,
And hear his long scythe whispering to the ground,

And feel a spirit kindred to my own;
So that henceforth I worked no more alone;

But glad with him, I worked as with his aid,
And weary, sought at noon with him the shade;

And dreaming, as it were, held brotherly speech
With one whose thought I had not hoped to reach.

‘Men work together,’ I told him from the heart,
‘Whether they work together or apart.’

あるとき、干草を裏返しに行った ─ 誰かが日の出前に
霧にぬれた草を刈り取って行ったあとから.

彼の鎌の切れ味を研ぎすましていた露は乾いていた ─
私がそこに着いて、真っ平らに均された景色を見た頃には.

島のように浮かぶ木立の向こうに、彼の姿を探し求め、
風のなかに、彼の砥石の音を聞き分けようとした。

だが草はきれいに刈り取られ、 彼はもう立ち去ったあと.
彼がそうだったように、私も一人ぼっちでいる他はない。

「どうせみんなそうなんだ」、私は胸の中で言った、
「一緒に働こうと、別々だろうと」。

だが、そう言ったとたん、 ひらりと音もなく私の前を
横切ったのは、途方に暮れた一羽の蝶

夜のうちにぼやけてしまった記憶にすがって、
きのうの喜びだった憩いの花を探していた。

見ると、蝶はいったんぐるぐる輪を描いて、
何かの花がしおれ伏していそうな場所を飛び回った。

それから、目が届くかぎりの遠くへ飛んでいき、
それから羽を震わせながら、 私のもとに戻ってきた。

私は答えようのない質問をちらりと思い浮かべてから、
また向き直って草を放り投げて乾かす仕事に戻りかけた。

だがその前に、 蝶が向きを変えて、 私の目を
川べりの丈高い一の花に惹きつけた。

鎌が刈り残していった花が、 躍り上がる炎の舌のように、
鎌がきれいに刈り上げた、 茂る小川の岸に咲いていた。

なんの花か知りたくて,この場所を後にし,
行ってみると,それはbutterfly weedだった.

露にぬれて草を刈っていた人はこの花が気に入って、
茂るまま刈り残しておいたのだ ─ 僕らのためではなく、

僕らの注意をちらりとでも自分に惹きつけるためでもなく、
ただただ朝の川べりで、嬉しい気持ちになったから。

ともあれ蝶と私は、たまたま行き合わせたのだー
夜明けが残しておいてくれた言伝に。

そこからは、まわりで目を覚まし始めた鳥たちや、
彼の長い鎌が地面にささやく声が聞こえてきたし、

私とうまが合いそうな気性の持主がすぐ身近に感じられた。
それからは、私はもう一人ぼっちではなく、

彼とともに心嬉しく、いわば彼に助けられながら働いて、
昼どきにくたびれると、彼とともに日蔭を求めた。

そしてまるで夢でも見るように、兄弟の言葉を交わした
まさか気持ちが通じ合おうとは思いも寄らなかった相手と。

「人は一緒に働くのだ」、 私は心底から彼に言った、
「一緒に働こうと、別々にだろうと」。

(ロバート・フロスト『対訳フロスト詩集―アメリカ詩人選』から)