
認知行動療法
認知行動療法の基本的な考え方
行動変容法におけるABCのみですべてが説明できるわけではない.例えば,同じ事象が起きても,人によってそれが報酬とみなされる場合もあれば,そうでないとみなされる場合もある.もっと一般には,ある状況下における人の感情や行動は,その状況や出来事に対する理解の仕方や解釈の仕方によって影響を受ける,と考えられる.そして理解や解釈は,世界をどう認識しているかというcore beleifから影響を受ける.生物学的な要因と,生育・発達の経過がcore beleifをつくる.
認知行動療法では,非適応的な認知(=事象の理解・解釈の方法+根底にあるcore belief)と行動のパターンに気づき,修正することを目標とする.
もっとも簡単に気づくことができる,自動思考から始め,より根源的なcore beliefを認識する,という流れで説明していこう.
自動思考(automatic thoughts)
自動思考とは次のようなものである.
- ある特定の状況において即座に引き起こされる思考(内的独白)
- 感情や生理的な反応を伴う
- 特定の行動を引き起こす
- 自分にとっては合理的で筋が通っているように見える
例)
- 学校の廊下で友人Aとすれ違ったときに,自分は挨拶をしたのに友人Aからは返事がなかった(特定の状況)
- このとき「Aに嫌われてしまったのだ,自分は何か気に障ることをしたのかもしれない」と思い(内的独白,自動思考)
- 心臓がドキドキして,悲しく不安な気持ちになってきて(生理的反応・感情)
- Aをなんとなく避けてしまうようになった(特定の行動)
同じ状況でも,単にAは何か考え事をしていたのだろうとか,遠くて声が聞こえなかったのだろう,と考える人なら,このような反応は起こらないことから,自動思考が,感情や行動に影響を与えていることが分かる.
そこで,この状況に応じて勝手に即座に浮かんでくる非適応的な思考を修正することが認知行動療法における一つの目標となる.
しかし,単にもっと前向きなことを考えよう,信じようとしても,うまくいかない.自動思考は自分にとっては合理的な解釈だからだ.
そこで,なぜこのような自動思考が生じてしまうのかを考えることが重要になる.認知行動療法において最も大切なのは,後述するように,
例えば,自動思考が生じたとき,その根拠は何なのかを考えてみる.例で言えば,なぜAに嫌われたと考えるのか,Aが気づかなかっただけという解釈よりもこの解釈のほうがあり得るものだと考える根拠は何か.
「挨拶したときAとは確実に聞こえるくらい近い距離にいたこと」
一方,何かこの解釈を反証する点はあるか.
「Aは以前にも挨拶を無視したが,その後もAは普通に自分と接していた」
このように,根拠や反証を考えていけば,自動思考が唯一可能な解釈だという確信が薄れていく.自動思考に感じる合理性がなくなって,はじめてもっと適応的な解釈を採用することができる.
自動思考の改善の1つの流れとしては,
- 非適応的な自動思考の発生に気づく
- それがどんな感情や行動をもたらしているかに気づく
- なぜその解釈をするのか根拠と反証をあげる
- より適応的な可能な解釈があるかを考える
となる.その実践のためには,例えばこのようなフォーマットがある.
また,色々な自動思考に共通の特徴が認知の歪みとして抽出されているので,こちらも参照してほしい.
core belief・スキーマ
ここでは,パーソナリティ障害の治療を目的に生まれたスキーマ療法を参考にして話を進めよう.
認知行動療法は,多くの非適応的な思考に対して有効な方法であるが,有効となるためには幾つかの条件を満たす必要がある.
これらの条件は,例えばパーソナリティ障害(PD)などの場合には満たされない場合があり,ゆえにCBTの効果が減弱されてしまう.
- クライエントは自分の認知や感情に気づきアクセスすることができる
─ 感情や認知を回避することで症状を緩和してきた歴史から,回避が負の強化をうけて,モニター記録ができないかもしれない - 論理的な分析や対話によって認知を修正することができる
─ そのような言語による説得にも関わらず,歪曲した思考は続くかもしれない - クライエントは症状を改善し生活の問題を解決することに強い動機づけをもっていて,自主的に治療手続きを遵守する
─ 治療に伴う苦痛があれば,患者は治療を中断したり,訓練課題をこなしてこないかもしれない - セラピストとクライエントは協同関係,安全な治療関係を気づくことができる
─ 認知行動療法ではこれは治療を行う上での前提であるが,PDの患者では,安定した対人関係を気づくこと自体が一つの目標である - クライエントは何が治療すべき問題なのかを認識している.
─ 漠然として慢性的な人生の問題を抱えているために,特定の問題に焦点を当てることが困難かもしれない.
問題の根本には基本的な世界認識,すなわちcore beliefとかスキーマと呼ばれるものがある.
これは,保護者など周りの人とのかかわり合いや経験した重大な事件(離婚,死別,事故など)から若年期に獲得されるものであり,それゆえ個性・人格を特徴づけ,修正は容易でない.そして,生育発達の状況と,生物学的な条件が組み合わさって非適応的なものになりうる.
スキーマ療法においては,非適応なスキーマは幼少期・思春期における中核的感情要求が満たされないことに起源を持つと考える.そこで,スキーマスキーマは早期不適応スキーマとも呼ばれる.
例えば,
どんな人でも,いずれ私を見捨てて私から離れていってしまうだろう
という見捨てられスキーマ(**Abandonment Schema ** Young,1990)がある.
このようなスキーマに対する応答としては,回避・降伏・過保障がある.
回避は,スキーマが活性化する状況を避けることで,例えば,人との親密な関わりを避ける.そうすれば見捨てられるかもしれない,と思う状況は生じない.
降伏は,スキーマに完全に応じることで,例えば交際している人がいなければ私は誰からも愛されてないことになると信じきって,一人でいるときには「誰も私を愛してはいないんだ」という自動思考を受け入れる.
過補償は,スキーマを恐れて反撃行動や過剰に補正することで,例えば,交際相手なら常に連絡を取りあって,互いの要求には完全に答えないといけないと考え,少し連絡への返信が遅いだけで「相手は自分から離れようとしている」という自動思考を生じる.
こうして自動思考や認知の歪みは,スキーマとスキーマに対する応答から生じるものだと理解でき,根本にあるスキーマの修正を目指す.
認知行動療法では,これらは自動思考を適応的なものにした後に行われることであるが,スキーマ療法ではむしろ,PDの患者がCBT実践にあたって抱える上記の困難から,はじめからスキーマに焦点を当てて治療を行う.
その方法として,
- 認知行動療法的なスキーマ改善
自動思考のときと同じように,スキーマを正しく認識することを目指す.これは.例えば,スキーマの長所と短所をリストアップしたり,スキーマの妥当性を考えたりなど. - 体験的技法・イメージ技法を取り入れる
ロールプレイ・再体験によって頭だけでなく実感を伴った気づきを獲得させようとする.なぜなら,強烈な感情体験を伴う認知(いわゆる「ホットな認知」)のほうが,クールな認知よりも効果的であると考えるから.(wikipedia参照) - 治療関係を重視する
幼少期に満たされなかった中核的感情欲求がスキーマの原因と捉え,この欲求を治療者とクライエントの治療関係の制約内で満たそうとする「治療的再養育法」や,患者がそのスキーマを保持している 理由に十分に理解を示しつつ、スキーマを変化させる必要性を患者に認識させる「共感的現実検討」を用いる.
ACT
認知行動療法では,認知を修正することを目的としていたが,認知や感情は私とは関係なく勝手に起こるものであり,それはそれで受け入れて(Acceptance) ,自分の価値・望む人生の方向を設定しそれにコミットした行動をとる(Commitment)というもの.マインドフルネスにも近い.詳しくはwikipedia参照.
メンタライジング
紹介したCBT,スキーマ療法,ACT以外にも,様々な形態の精神療法が存在する.それらを列挙することはしないが,それよりも,それらの有効性は共通する特徴,すなわち「メンタライジング」に起因している,という主張を紹介して認知行動療法の後を終わりにしよう.
ここからの記述はメンタライジングの理論と臨床を参考にしている.
まず,メンタライジングとは
自分と他者の外的に観察できる行動の背後には心的状態があると想像する能力.
人間の行動を欲求や感情や信念といった心的状態を用いて解釈,理解する能力.
である.
そしてメンタライジングについては例えば以下のようなことを述べる
- 臨床家はクライエントがメンタライジングを実行できるように促す.
- 憶測,例えば「あなたはきっとひどく裏切られて悲しいと感じたことでしょう.」のような応答は同情的であっても,メンタライジングを促すことはない.それよりも,探究的で好奇心を伴う姿勢を維持したほうがよい.
適切なメンタライジング的介入として,夫婦を対象にした例が上げられている.「奥さんが今言ったことを理解しましたか?・・・そうですか,私も理解できませんでした.」「あなたは,『はい』とおっしゃいますが,同意しているようには見えないのですが.」「[夫に向かって]このせいであなたが不機嫌になることを,奥さんは知っていますか.奥さんにはどうしてそれが分かると思いますか.[妻に向かって]それがご主人にとって腹立たしいことだということはわかっていましたか.」「そのことについて,彼(彼女)がそれほど強い感情をもっているのを知っていましたか.」「私には,気になっていることがあるんです.誰だって,そんなことがあると怒るでしょう.あなたは,怒っていないと言うんですね.あなたがそう感じるのを妨げているものは何でしょうか.」 - クライエントが意識化するのを拒んでいる危険な領域の探索を可能にするのは,関係に伴う情緒的暖かさ,クライエント体験の受容である.つまり,外的判断基準をすべて差し置いて,彼が体験していることを捉えること,共感的で非指示的であること.
- 乳児は養育者の心のなかに自分の心を見出す.メンタライジングの獲得はメンタライズされることに依存している.
- 安定した愛着関係が安心基地をつくることで,子供はメンタライジングの能力を高めることができる
例えば,オープンダイアローグという手法は,メンタライジングを自然な形で教えることで症状の改善に役立っているのかもしれないし,精神分析についても,意識することが苦痛なために,無意識領域に抑圧された欲望を,色々な技法により表面化させて意識させることで,症状の改善を目指す,という点では,メンタライジングが基本姿勢であるといえるだろう.
参考史料
行動変容法と認知行動療法についての良いスライド.行動変容法の項を書くときにも大いに参考にした.
スキーマ療法についてはこの公開資料と,この公開資料(https://www.jstage.jst.go.jp/article/keidaironshu/68/6/68_97/_pdf),そして『スキーマ療法 パーソナリティの問題に対する統合的認知行動療法アプローチ』を参考にした.