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幸福について

更新: 2023年03月03日 09:04

幸福について (光文社古典新訳文庫) | Schopenhauer,Arthur, ショーペンハウアー,アルトゥール, 芳子, 鈴木 |本 | 通販  | Amazon

『はじめに』要旨

「人生の究極の目的は幸福にある」というのは人間生来の迷妄であるが,にもかかわらず,本書では,その迷妄を手放さず通例の経験的立場にとどまり,より高次の形而上学的・倫理的な立場を度外視している.

『根本規定』要旨

現世の人間の運命における差異をなすのは次の3つの財宝である.

  1. その人は何者か.健康,人格,知性などの個性.
  2. その人は何を持っているか.財産,友人,妻子などの所有物.
  3. その人は他人にいかなるイメージを与えるか.名誉,地位,名声.

このうち第一項目が人間の幸・不幸に本質的な影響を与える.なぜなら,人間の快・不快は自らが抱く観念,感情,意思活動の結果であって,外部にあるものはそれにきっかけを与えるにすぎないから.

例えば,同じ出来事を体験しても,何を感じるか,何を考えるかは人によって全く違う.ひとりひとりが生きる世界は,何よりもまず,その人が世界をどう把握しているかに左右される.だから,それぞれがもつ才の違いで,同じ世界に生きていても,世界は貧弱でつまらないものにもなれば,豊かで意義深いものにもなる.つまり,人間にとって存在し,推移進行するすべては,直接的には人間の意識の中に存在し,意識にとって推移進行しているにすぎない.

このように考えると,現実世界のいかなるできごとも,主観と客観という2つの側面から成り立っていることが分かる.現実の客観的半面は運命の手に握られており,それゆえ変化しうる.いっぽう主観的半面はほかならぬ私たち自身であり,それゆえ本質的に変わることがない.一人ひとりが送る生涯は外界からどんな変化が訪れても,終始一貫して同じ特色を持つ.だれひとり,自分の個性を脱することはできない.

そして,個性によって,そのひとに可能な幸福の範囲はあらかじめ決まっている.特に精神的能力の限界は,精神的喜びを享受する能力を確定する.たとえ青年期に思い違いをすることがあっても,最も高尚で多様性に富み,最も長続きする喜びは,精神的喜びであるが,これは主としてもって生まれた力に左右されてしまう.精神的能力が限定されていると,外部からどんな尽力があっても,ありきたりの半ば獣めいた幸福と快さを感じることしかできない.

以上から幸福は,「自分が何者なのか」,つまり各人の個性で左右されることがわかるが,大抵の場合人々は,運命,すなわち「何をもっているか」や「いかなるイメージを与えるか」ということしか考慮に入れない.空腹のときには何を食べても美味しいとか,若者が女神のごとく崇める美女が目の前にいても,老人はなんとも思わないというからも,何を幸福とし何を享受するかにとって主観が客観よりも重要なのは明らかだ.

個性は恒常的で,運命に奪い取られることがない.しかし,自分の力ではどうにもならず,神の掟に従って生じ,与えられる.自力でできる唯一のことは,「今の自分は何者であるか」を最大限に活かすことであり,したがってそれにふさわしい熱心な企てのみを追求し,それに合った修業の道にはげみ,わき目もふらず,ひいては,それにぴったりした地位や仕事や生き方を選ぶことである.

さて,第一の項目が断然優位に立つからといって,不可欠かつ相応の収入を顧みなくてよいなどと曲解してはいけない.しかし,巨万の富を得ても不幸せだと感じる金持ちはいる.それは,彼らには真の知的教養がなく,知識もなく,それゆえ何らかの私心なき知的暇つぶしができるような興味を持ち合わせていないためである.富は,生理的欲求を満たすほかは,快適さにわずかな影響を与えるだけだが,人々は富を増やす方法分野の狭い視野にとどまり,それよりほかは何も知らない.精神がからっぽで,他のものは一切味わう余地がない.時々奮発して贅沢し,刹那的で感覚的な楽しみで埋め合わせをするが,それもむなしくなる.空疎な内面,貧しい知識が彼らを社交へ駆り立てるが,類は友を呼び,皆で退屈しのぎの歓楽を追い求める.まずは官能的享楽,そしてありとあらゆる遊興,最後は放蕩に至る.こうした救いがたい濫費の原因は,精神の貧しさと空疎さからくる退屈なのだ.

一方,生理的欲求を満たすだけの収入がなかったり,生活上で肉体的・精神的な苦痛をうける機会が多いと,困窮や苦痛に陥る.この困苦と退屈が幸福にとっての二大敵手である.私たちは,この二大敵手のうち,一方からうまく遠ざかっても,もう一方に近づいてしまうと言える.すなわち,困苦から一息つけるようになり,自由な閑暇を得ても,暇つぶしになるだけの官能的な楽しみや愚行がないと,たちまち退屈し,ぼんやり過ごしてしまう.

自由な閑暇をもつというのは,人間の通常の運命にとっても,人間に生まれながら備わる通常の自然な本性からみても,奇異なことである.自分と家族の生存に必要なものの調達に時間を費やすのが,人間の自然の定めだからである.人間は必要に迫られてようやく何かをなすように生まれついた,いわば困苦の子であって,自由な知性を本質とするわけではない.したがってさまざまに偽装した虚構の目的によって,ありとあらゆる形の遊びや娯楽や道楽で暇をつぶすことができないと,凡人にとって自由な閑暇はまもなく重荷となり,あげくのはては苦痛となる.他面,標準をはるかに越えた知性も同様に尋常ではなく,それゆえ自然に反する.だが標準をはるかに越えた知性をそなえた者は,自由な閑暇を持てなければ, 彼の創造的精神にしたがって生きることができず不幸になってしまうので,そうした天分に恵まれた人間の幸福のためには,他の人々にとっては重荷であり有害でもある自由な閑暇が不可欠である.

よって,財産が最高の価値を発揮するのは,これを手にした人が高尚な精神的能力をそなえている場合である.例えば彼の定めが精神の足跡を全人類の歴史に刻むことならば,彼にとって幸・不幸はただひとつ,つまり,彼の素質を十全に磨き上げ,作品を完成させることができるか,それとも,それを妨げられてしまうかということである.それ以外はみな,彼にとって取るに足らぬことであり,そうした取るに足らないことに囚われないために自由な閑暇が必要なのだ.

『「その人は何者であるか」について』要旨

陽気さが幸福の実体なので最も大切.陽気さの維持には健康が最も大切で,健康であればすべてが楽しみの源泉になる.美は健康と似ている.

『「その人は何を持っているか」について』要旨

私達の不満の原因は,何かを得たいという欲望は果てしなく増大していくが,実際に得られるものはそうはいかないことである.

あらゆる欲望に対応できるお金は絶対的に役立つもので愛するのは自然なことだが,財産は,不慮の災厄や事故に対する防壁とみなすべきである.働かずに暮らせるだけの財を持てば,人生につきものの窮乏や労苦から免除され,はじめて真の自由人になる.

『「その人はいかなるイメージ,表象・印象を与えるか」について』要旨

他人の意識のなかで何が起きようが,それ自体は私たち自身にとってどうでもよいことだ.私たちに対して他人がなにか行動し,その行動が私たちにとって意味をもち,その人が持つ私たちへのイメージによって,その行動が重要な点で変わるとき,このような場合のみ名誉・名声・地位は意味をもつ.

さらに,大部分の人間の頭にある表層的で浅薄な思想,低劣な概念,狭量なものの考え方,本末転倒の見解,無数の誤謬を十分理解すれば,他人の意識のなかに何が起きようが,どうでもよくなるだろう.世人の思惑を重要視する者は,世人に敬意を払い過ぎである.

したがって健康・気質・能力・収入・妻子・友人・居所などによって規定される現実的で個人的な状態のほうが,どうすれば他人に気に入られるかよりも,幸福にとって百倍も大切であるというあたりまえのことを早めに悟るなら,私たちの幸福に役立つだろう.

感想

『意志と表象としての世界』の注釈である『余録と補遺』から抜粋したもの.根源から体系づけて語っている点で,幸福論としてはベストの一冊.『読書について』と同じくマストバイだと思う.一方,同じ『余録と補遺』からの抜粋である『知性について』や『自殺について』は記述が散漫で理解し難く,前者2冊と比べると劣るか.

純粋な幸福論を離れる部分流れとしては,名誉が実利的な配慮から生じたものであり,それ自体を重視する必要はないという主張のなかで行われるものなので,全く別というわけではないが.,例えば『「その人はいかなるイメージ,表象・印象を与えるか」について』の「騎士の名誉」の項で,この概念の起源・病理がどこにあるのか,これまでの政府の法律操作ではなぜ解決しなかったのか,どう解決すればいいのか,を説明する部分は,ニーチェのキリスト教道徳批判くらい面白い.

同じように「性的名誉」について書かれた項は性的経済学(sexual economics)の走りともいうべき記述になっているのでここにまとめたい.gigazineの記事も参照

性的名誉 要旨

性的名誉とは主に女性の,しかも全女性の連帯の結果としての名誉である.具体的には未婚の女性は男性に身をゆだねず,既婚女性は結婚した男性のみに身をゆだねると,世間一般に思わせることが女性の性的名誉である.

これが完全に達成されれば,すべての男性は一種の降伏協定である結婚を余儀なくされる.女性は男性に結合を与える代わりに,望み必要とするものすべてを男性に要求し期待できる.女性は全男性を共通の敵として連帯し,彼らを征服・所有することで地上の全ての財宝を手に入れるのだ.

婚外の結合を行った女性は名誉を失う.なぜならこういう事例があると,男性は降伏に同意しなくなり,女性全体の繁栄が蝕まれるからだ.

一方男性の名誉は,彼がすべてを与える代わりに得た唯一のもの,すなわち妻の独占すら確保し得ないことがないように見張ることである.よって男性の名誉は,妻の姦通に離別をもって罰することである.

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